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御宝号念誦運動

御宝号(南無大師遍照金剛)をお唱えし、お大師さまのみ教えのもと、全ての人々が明るく平等に過ごせる事を目標とする基金運動です。

お寄せいただいたご浄財は社会福祉活動に役立てられています。

「御宝号念誦運動」について

お大師さまは遣唐使として中国に渡られ、真言密教の第七祖、唐の長安青龍寺の恵果和尚より真言密教の潅頂を受けられました。その時和尚より「遍照金剛」という御名を授かり、真言密教の第八祖となられ、大日如来と同じお徳をいただかれたのであります。

その末徒である高野山真言宗のわたしたちは、お大師さまのお徳を表すこのご宝号を拠り所として、平和な社会福祉の実現に心を向ける信仰運動を展開しています。

心静かに手を合わせ「南無大師遍照金剛」(なむだいしへんじょうこんごう)の御宝号を念誦して感謝の心を表しましょう。そして、御宝号念誦運動により喜捨された浄財はすべて高野山真言宗の社会福祉基金に積み立てられ、さまざまな福祉活動に役立てられています。

弘法大師の教えと社会福祉

弘法大師が中国の留学からお帰りなられたとき、朝廷に対して留学の成果をご報告になっておられますが、それの一番最後のほうに、「あえて一言で仏教というのは何か、ということを表現するならば、それは、二利につきる」とお大師さまは云っておられます。

二利というのは、自分自身の利益と他人の利益、この二つの利益を共に円満成就するということを意味します。したがって、自分自身のことというよりも、他の人のことの利益というものを考えなくてはいけない。それが仏教の基本的な態度としてあるわけです。しかも、その二つは、二つであって決して二つでないということなのです。

わたしたちの立場から申しますならば、社会福祉の事業というものが、即そのまま成仏のための実践であるということ、これが弘法大師の教えの基本を成しています。したがって、弘法大師の教えというのは、そのまま社会福祉の教えであるということがいえるわけです。

何故それがいえるのかといいますと、自分と自分以外というものに差はない。これを「三心平等」といいますが、三つの心は、本質的、本来的に絶対に平等である、つながっている、というものです。

三つの心とは何か、まず「私自身の心」。そして、「私以外のありとあらゆるもの、生きとし生けるもの(衆生)、人間だけでなく、動物や草や木もこの自然界全てを含めた心」そして、絶対者である「仏の心」この三つの心は本質的、本体的に絶対平等である。つまり、すべてがつながっているということです。これを真言宗では、「相互供養」「相互礼拝」というテーマで表現するわけです。

お互いが助け合う、お互いが供養し合う、お互いが拝み合うすべてはつながっているからこそ、社会福祉というものはただ単に、与え手があって、与えられる者があるのではありません。社会福祉の事業を行うことによって、相手から真に生きる術(すべ)をわたしたちが教えていただいている訳です。

高野山真言宗では、御宝号念誦運動という信仰運動のもと様々な社会福祉活動を展開しています。

盲導犬(アイメイト)の授与

全国の視覚障害者の方々中で、盲導犬を嘱望しながら公的な助成をなかなか受けられない方を対象に、その方の宗派を問わず御協力しています。

高野山金剛峯寺では、アイメイト協会(別ウィンドウで開きます)を通じてこの社会福祉活動を行っております。

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