第1回
「高野山の歴史は、ある意味でSDGsそのものです。」
高野山には、「一山境内地」という言葉があります。これは「山のいたることろが境内である」という意味で、つまり高野山全体が総本山金剛峯寺というお寺なのです。
はるか平安時代のはじめ、弘法大師によって開かれたときから、高野山はその深い森林とともにありました。ときには寺院の修理や復旧のための建築用材として、あるいは山に生きる生命(いのち)たちの環境保全のために、森の木々を護りはぐくむことは高野山の歴史とともに連綿と受け継がれてきたのです。
21世紀にはいって、気候変動や紛争、貧困、パンデミック(感染症の拡大)など、私たち人間とこの地球は様々な危機に直面しています。その課題に向きあい、解決にむけて2030年までに達成すべき「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」を国連総会が立てたことは、「SDGs」という言葉とともにわれわれもよく知るところではないでしょうか。
そして高野山が、開創以来1200年以上にわたってとり組んできた「森との共生」とは、そんなSDGsの考えと深く響きあうものではないか。そんな思いのなか、今回は、あらためて現在の高野山がどう森や木々と向きあい、どんな活動をおこなってきたか、さらに、どのようにこの豊かな森を未来へと継承すべきなのかあらためてみつめ直したいと思います。
そこで今回は、金剛峯寺山林部の津田執行・山林部長と中尾山林課長に登場願い、「高野山とSDGs」をめぐって語っていただくことにしました。津田執行・山林部長は、金剛峯寺のSDGs推進本部長も兼ねておられます。


金剛峯寺の「山林部」とは
──ところで、金剛峯寺に「山林部」という部署があることを、そもそもあまり知られていないのではないでしょうか。
- 津田執行・山林部長
- 「私が就任しまして各所に挨拶まわりをさせていただいた際、まず「山林部長です」とご挨拶させていただくと、皆さん“?”マークが頭の上に並ぶんですね(笑い)。それであらためてご説明させていただくとご理解いただけるんですが、担当が代わられるとまた「何ですか、それは?」となる。
それで中尾課長とも相談して、これは山林部の活動をホームページに掲載したほうが分かりやすいんじゃないかということで、進めているといったところですね。」 - 中尾山林課長
- 「明治初期に政府から上地令が出て、高野山が所有していた森林の大部分が国有林化されたんです。その後、先徳たちの尽力もあって保管林(国の許可を受けて山林を保護育成・造林し、伐採の利益の一部を国庫に支払う制度)として金剛峯寺の管理下にもどったんですが、そのときには国によってほぼ伐採されていました。その保管林の植林や育成にとり組んだのが、山林部の前身となる「山林課」です。
そうして戦後、国があらためて木を育てませんかという分収林制度によって、500ヘクタールほど返還されました。でも、現在でも山に入ると大木の切り株があって、当時の様子を感じ取ることができますね。それで初代の方が「山林部」を創設して、植林など“山をつくっていく”という活動をずっと続けてきたというわけです。」

高野山の2つの森林組合
──そんな山林部には、現在何名が在職しているんでしょうか。
- 津田執行・山林部長
- 「今は私たちを含めて4名です。以前は10名ほどいたんですが……。もっとも、高野山には寺領森林組合という別組織がありまして、職人さんたちが現場に出ておられます。金剛峯寺山林部は昭和26年の創設なんですが、寺領森林組合は昭和17年にできました。
高野山では「森林セラピー」や「林業の学校」という取り組みがあって、とても人気があるんです。そちらも寺領森林組合がやっていることですね。」

- 中尾山林課長
- 「ちなみに、そちらの組合の理事も津田部長がされています。どこのことを聞いても全部わかってる(笑い)。」
- 津田執行・山林部長
- 「さらに高野山には、別の森林組合もあります。山上のこんな場所ですので、昔からたびたび落雷による寺院の火災がありました。その修繕や補修のためにも森の木々が大事になっています。
だから現在も、森林組合とともに高野山の森林はある、というところですね。」


「共利群生」という考え
──そうして長い歳月をかけて、皆さん懸命に山や木々を護られてきたということですね。

- 中尾山林課長
- 「それがまさにSDGsで、山の森や緑を豊かにすることが豊かな水につながり、川となって海へとつながっていく。水源の涵養や温暖化対策への貢献になるということを、私たちも話しあったりしました。」
- 津田執行・山林部長
- 「僧正から金剛峯寺のSDGs担当をしてくれないかということでまず思ったのは、高野山はこれまでもSDGsをおこなってきたじゃないかということです。
最近、「共生」という言葉がよく使われますね。御大師様のお言葉では、それを「共利群生(生きとし生けるものは、共に学び、助けあうことで豊かな生を得る)」と言います。
ある本で知ったんですが、東北大学大学院の教授と学生さんたちがスギと広葉樹の「針広混交林」の研究と活動をされているそうです。日本の山というのは、自然豊かに見えても多くが人の手がはいった人工林なんですね。戦後に自然の広葉樹を伐採して、建築用材となるスギやヒノキが大量に植えられました。それこそ“宝の山”になると思われた時代です。
しかし、それがすっかり衰退して山は放置されてしまった。人工林ですから、人間が手を入れないと山は荒れてしまいます。土壌も硬くてミミズも棲めない。
一方で自然林は、山自体が生きています。鳥や動物たちの生態系を育み、水も循環して土壌も豊かになる。
そこで「針広混交林」の取り組みが注目されているわけなんですね。先ほど課長から話があったような、水源の涵養や温暖化対策にもつながっていくのではないかと。結果がでるのは100年後とかでしょうけど、そういった人工林と自然林が「共生」する山林をつくりたいなという思いがあるんですよ。そこにおいて高野山におけるSDGsがあると、個人的に考えています。」

※下刈り:樹種の成長を促すために、周囲の雑草、雑木を物理的に除去する作業)
祖山荘厳の護持
──最後になりますが、おふたりにとって高野山の森林とはどういう存在ですか。

- 津田執行・山林部長
- 「もちろん山林の保全や育成にかかわっている立場ですから、先徳から受け継いできたものを継承することが第一ですね。一本の木を育てるのにも途方もない時間がかかりますし、それはもう将来の(寺院などの)営繕のためにも守り抜こうと思っています。
それとともに、真言宗総本山高野山にお参りに来られる方々のためにも、「祖山荘厳」を護持する。そのために、高野山の豊かな森を後世に残していきたい。そのふたつを、最も重要なことと意識しております。」 - 中尾山林課長
- 「そうですね、やはり次世代につないでいくということですね。山林部も伐採によって収益を求めていくことから、山全体の環境のことを考えながら金剛峯寺の維持管理ということへシフトされてきましたから。
この先どういうふうに進むのかはわかりませんが、高野山の森や自然に今できることを精いっぱいとり組んでいきたいと思います。」
──どうもありがとうございました。

高野山の信仰環境維持管理のため、支援いただく事業です
毎年約10,000名の方が参加 献木いただいた方には高野杉でできた五色腕念珠や会報誌(年2回)をお送りしています