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寺内のご案内4
中庭
上段の間の前にある庭は江戸期に作られたと伝えられ、当時は池の周りに高野六木(こうやろくぼく)(杉・檜・松・槇(まき)・栂・樅)がそびえ立っていたそうです。馬酔木(あせび)も石楠花(しゃくなげ)の花も見られ、自然の素朴さが心を和ませてくれます。
春の中旬より石楠花の花が赤や白色に咲き乱れ、梅雨近くになれば天然記念物のモリアオガエルの卵が池の周囲に産み付けられます。秋になれば紅葉に彩つき、やがて冬には一面銀世界へと変っていきます。四季折々の風景が眺められる庭園です。




奥書院
以前は皇族方のご休憩所として使用された所で、現在はもっぱら儀式に使用されています。防寒用として座敷内に囲炉裏があり、冬は薪をたいて暖をとりました。
襖の絵は、雪舟様として名高い雲谷等益(うんこくとうえき 1590年〜1644年)と、その息子の雲谷等爾(うんこくとうじ 1615年〜1671年)の筆によるものと伝えられています。この場所は、上段の間と共に昔は高野山最高のお部屋でした。

稚児の間(ちごのま)
このお部屋は、先の上段の間と結ばれている「武者隠し」の間で、天皇に随行された人が不寝番をしていた部屋です。後には旧伯爵副島家より伝承された地蔵菩薩を奉安するようになりました。襖の絵は狩野探斎の筆と伝えられています。
※地蔵菩薩の詳しい説明は霊宝館「よもやま記」(別ウィンドウ)をご覧ください。



土室(つちむろ)
この部屋は囲炉裏の間で、土室と呼ばれています。土室とは「土を塗り固めて作った部屋」という意味です。高野山はご存じのように、冬場は非常に厳しい土地です。暖をとるための工夫として土壁で囲んだ部屋の中に囲炉裏を設け、できるだけ保温効果を高め、風寒(ふうかん)をしのぎました。
囲炉裏は天井まで4本の柱と壁が立ち、煙を天井から屋根の外に抜くようにできています。火袋には小棚が設けられており、弁財天さまをおまつりしています。ただし、その由来などについては伝わっていません。


台所
この台所は金剛峯寺主殿と共に昭和30年代に和歌山県指定文化財に指定されています。多勢の僧侶の食事を賄ってきただけに釜も大変大きく、柱や梁も煤で真っ黒になっています。水飲み場は湧き水を高野槇(こうやまき)の水槽に溜め、大きな「かまど」は現在も使っています。炭をおこす場所もあり、その上には防火対策として大変大きな煙突があります。また、食物保存庫としては床下収蔵庫や天井からつり下ろした台があります。つり下ろしの台は風通しをよくし、さらに紙を垂らすことによってネズミの侵入を防いだのでした。
大釜は二石釜といい、一つの釜で約7斗(98キログラム)のご飯を炊くことができます。したがって三つで一度に二石(280キログラム)、2,000人分程のご飯が作れました。焚き口は後ろにあり、床板を外して階段を降ると炊口があります。
昭和50年代まで、毎年12月28日に行われた餅つきの際に使われていましたが、現在では使われておりません。二石釜の真上には行灯が釣られ、正面には台所の神様である三宝荒神をおまつりしています。




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